健康に生きる手助けに

 川島拓司(農学博士)

はじめに

 皆が健康に生きるという社会に大きな課題を腸内細菌の改善という視点から考え、腸内腐敗を抑える乳酸菌、ビフィズス菌がその手助けになると指摘されたのは100年も前のことになります。以来これらの有用菌に関する研究が進み、現在では食品、医薬品への有用菌の応用が広く行きわたっています。その人に馴染みの深いこれらの菌は近年プロバイオティクスと称され、人の健康をより良い状態に改善し、維持するその自然の効果に一層の期待が高まっています。このような状況に関連した研究上の歴史的事項あるいは最近の内外の動向などについて以下に順に概略を述べて、ケフィアプラスの効用を考えてみたいと思います。

 

プロバイオティクスの定義とその変遷

 プロバイオティクスが抗生物質に対比する概念を表す用語として最初に使用されたのは1965年であります。それを、現在の定義に近い意味で使用したのはパーカーであります(1974年)。彼は、腸内菌叢を構成する各菌は相乗的あるいは拮抗的な関係にあり、それに宿主の生理的要因が加わった中でバランスした状態にあること、腸内に有害な菌が侵入した場合は宿主の排除機構が働くが、それに菌叢中の有用菌が有害菌の増殖を抑え、その結果として有害菌に排除的に作用する宿主と腸内菌叢の相互依存の状態を考えてプロバイオティクスを「腸内菌叢のバランスに作用する菌及び生成物」と定義しました。その後にフラーは「腸内菌叢のバランスを改善することによって宿主動物に有益な効果をもたらす生きた微生物の飼料添加物」とプロバイオティクスを定義しました(1989年)。
 関連の研究が進み、時を経てサルミネンはプロバイオティクスを「ヒトの健康に有益な効果を及ぼす生きた菌の食品添加物」と定義し、さらに「宿主の健康とその維持増進に有益な効果をもたらす微生物細胞調製物または微生物細胞の構成物」の如く生きた菌、さらには菌体構成物も含めるように定義しました(1999年)。生きた菌の整腸効果に加えて菌体の構成成分が腸管免疫の機能を活性化し、生体防御能を高めるなどの効果が知られるようになってプロバイオティクスとして評価される対象は拡大の傾向にあります。

 

ビフィズス菌との共生の始まりとその有用性

 ここで腸内有用菌の代表といえるビフィズス菌との共生について触れましょう。
 この菌は乳児の生後1週間目頃から、その腸内で数が最も多くなり、宿主との共生関係はこの時期から始まります。特に消化管の組織が未成熟な新生児期において、種々雑多の細菌が侵入してくる可能性が高い状況に対応しなければならない乳児は、母親が母乳中に分泌してくれた感染防御に有効な免疫グロブリンなどの成分、消化管組織の発達に役立つ成分などを利用して有害細菌の侵入を防ぎながら消化管を成熟した緻密な組織にしていきます。この母乳にはビフィズス菌の増殖を促す成分も含まれており、ティシェが記載しているように健康な母乳栄養児の糞便菌叢ではビフィズス菌が100%に近い最優勢菌となっています。
 この消化管組織が発達する時期におけるビフィズス菌の役割は、母乳に7.5 %程 も含まれている乳糖の一部が大腸に流入してきたのを利用して酢酸や乳酸を生成し、腸内の pH を低い酸性状態に維持して有害菌の増殖を抑えていることの外に腸管粘膜に接着するなどの刺激によって、腸管を異物が進入できない防御組織として発達させることにも影響を与えています。これらは宿主とビフィズス菌との初期の共生関係の意義であります。消化管組織が未発達の無菌動物にビフィズス菌を投与し、腸内で増殖させると、その後に投与された病原性大腸菌の体内への侵入が阻止されます。その反対にビフィズス菌が増殖する前に病原性大腸菌が投与されると、大腸菌が腸管壁を通過して体内に入り、増殖するので動物は死にます。抗生物質による治療で腸内菌叢を構成する細菌が徹底的に排除された場合、腸壁から細菌が侵入する類似の状況が発生します。このような際にもビフィズス菌の投与で菌叢を早期に正常な状態に戻すことが有効であります。宿主とビフィズス菌との共生関係には進化の過程で相互に築きあげた重要な防御のメカニズムが自然に活かされているといえます。
 離乳食が与えられる時期を経て普通の食事を摂る頃には、ビフィズス菌の増殖にとって有利な食事組成とはいえない状況になり、ビフィズス菌数を上回る他の嫌気性細菌が増えてきます。しかし宿主が健康であれば、腸内菌叢の培養で得られる全菌数中の10 %前後をビフィズス菌数が占めています。特にビフィズス菌が増殖し易い食品や発酵乳を継続して食べている場合、ビフィズス菌数の比率が30 %前後になることは十分に有り得ます。体調を崩したり、発病した際には腸内菌叢中のビフィズス菌の比率が減少し、回復が遅れます。このような状況ではビフィズス菌を投与して回復を手助けすることが考えられます。
 肝臓の機能が低下している肝性脳症の患者では、腸内で腐敗細菌によってつくられた細胞に毒性のあるアンモニアなどが腸管から吸収されて血中に入り、肝臓で十分に解毒(分解)されることなく、脳に到達すると、脳細胞に有害な作用を及ぼします。朦朧とし、文字書き、識字能力が低下する脳症を引き起こし、介添えがなければ生活できない状態になります(高アンモニア血症)。このような患者にビフィズス菌入りのミルクを長期に与えて腸内菌叢の改善を進め、アンモニアの生成を抑えて高アンモニア血症による脳症を治すことに成功した臨床例は注目に値するものでした。その後、腸内でビフィズス菌を選択的によく増殖させるラクチュロースが開発され、医薬品としても承認されて高アンモニア血症に伴う脳症の改善に使用されています。肝性脳症の患者において介添えがなくても生活ができる劇的な回復が見られています。これらの例はビフィズス菌が腸内腐敗を抑制して好結果をもたらした端的な例であります。
 このようにビフィズス菌を投与する動物試験、臨床試験が数多く積み重ねられて、整腸作用(便秘、下痢の改善、腸内腐敗の抑制)、感染防御作用(病原菌、ウイルスなどの感染防御)、免疫賦活作用(抗アレルギー作用、抗がん作用)などの有効性が明らかにされてきています。
一般的な傾向として加齢と共に免疫能の低下が進むことから、高齢者の場合感染症に罹りやすく、さらに重症になりやすいこと、また、肺結核の再発増加及び不顕性感染ウイルスによる罹患の増加を招いていることが指摘されています。これらのことからビフィズス菌の入ったヨーグルトの摂取で老人のインフルエンザウイルスによる罹患が有意に低下した試験の結果及び花粉症患者への投与試験で症状が改善している試験の結果などは宿主における免疫能の賦活あるいは改善に対してビフィズス菌が関与していることを示唆しています。腸内菌叢中でビフィズス菌を常に優勢に保ち、宿主とビフィズス菌との共生関係を効果的に維持することが重要であることをより明確に知る意味でこれらの研究がさらに深められることが期待されます。
 ここでもう一度人の一生を考えてみましょう。乳児は腸管組織が未成熟で有害菌の作用を受け易い危険な時期を母乳という機能性に富んだ栄養物の力と腸管内に早々に棲みつき、優勢菌として増殖を続けてくれたビフィズス菌の助けを借りて無事に通り抜け、元気に育ちます。老齢者は上記の如く病原菌による感染を受け易くなります。しかも、この時期の腸内菌叢ではビフィズス菌数が減り、体に良くない細菌が増加する傾向が見られます。この状態を改善するために乳酸菌、ビフィズス菌を外から補給し、それらの有用菌が増殖し易い食事を摂るように心掛け、宿主とビフィズス菌との共生(相互扶助)のより良い関係を持続させることが必要といえましょう。

 

ケフィアプラスのこと

 乳酸菌利用食品“ケフィアプラス”には製品の説明書によると大きな特徴が2つあります。その1つは牛乳の発酵に使われている高活性のケフィア 菌に腸内の有用菌であるアシドフィルス菌とビフィズス菌がプラスされていること、2つ目は粒の表面を胃では溶けず、腸で溶けるトウモロコシ由来の蛋白質で覆い、粒内の生きている有用菌が胃内を通過する間にその強い胃酸で死滅することなく腸に届くように工夫されていることであります。その1粒に含まれている有用菌の数は30億前後で、3粒摂れば発酵乳の約100mlに含まれている全菌数に相当する量の有用菌を摂取できることになります。
 コーカサス地方で自家消費を目的に古くからつくられていた発酵乳の一種ケフィアはミルクに数種類の乳酸菌と酵母を植えて発酵させた食品であります。それらの菌はケフィアグレインと称される小塊を形成し、それが種菌としてミルクを発酵させる役割を果たしながら自然の形で植え継がれてきました。有用な乳酸菌はこのように自然に使われ、飲用されていたのであります。
 他方、ケフィア菌にプラスされたアシドフィルス菌及びビフィズス菌は共に腸内の有用菌であり、特に後者のビフィズス菌は100種類以上にも及ぶ腸内菌の中では最も重要な有用菌としてこれまで述べてきたように早くから注目され、効用が研究されてきました。
 これらのことから、ケフィア菌はその発酵乳が日々飲用されたことによって人の健康の維持に寄与してきました。ビフィズス菌は腸内の有用な常在菌として人の健康の改善、向上に貢献してきました。これらの有用菌が一緒に飲用できるケフィアプラスは宿主とビフィズス菌との共生関係を良好な状態に維持し、腸の調子を整える働きが期待できる製品といえましょう。

 

著者紹介

著者は森永乳業の元常務取締役・生物科学研究所長であり、日本ビフィズス菌協会(日本腸内細菌学会に改称)の理事を長年勤めておられましが、昨年(2019年)惜しまれながら他界されました。著者はまた私の岐阜大学の先輩でもあり、ケフィアプラスの開発に当たってはビフィズス菌BB536の供給と技術的アドバイスを戴きました。茲に謹んで哀悼の意を表します。

中垣剛典